国鉄バス資料室
調査短信 第3号 国鉄バスのセット回数乗車券
平成14(2002)年10月20日 第1版公開、平成16(2004)年10月21日 表現一部修正、
平成25(2013)年1月16日一部修正(第2版)、令和3(2021)年4月11日 年号表記等修正(第3版) 

あんみつ坊主

1.はじめに
 国鉄バスの営業制度は鉄道と共通の旅客営業規則に基づいていたため、乗車券類の様式は基本的に鉄道線と同じであった。しかし、ワンマン化の推進や他の事業者との競合など、鉄道と異なる事業環境に置かれていたことから、バス独自の乗車券類もいくつか存在した。セット回数乗車券はその一つである。
 セット回数乗車券は数種類の金額券をまとめて一綴りにし、1000円または2000円という切りの良い金額で発売される回数乗車券である。区間等の指定はなく、運賃相当額となるよう適宜組み合わせて使用する。乗車券というよりは商品券のような金券に近いもので、乗車券収集家にはあまり注目されなかったようである。しかし、同じ国鉄バスでも地区ごとに券片構成が異なり、また表紙の意匠にも若干の違いが見られるなど、興味深い点もある。さらに、日常的に利用する沿線居住者にとっては最も身近な乗車券であり、生活文化の一象徴としての価値を持つ。
 著者は民営化直前にこのセット回数乗車券に着目し、全国9地区から最低限1組の標本を収集した。残念ながらその後15年ほど放置してきてしまったが、いずれも今となっては入手できない資料であり、今回、「国鉄バス資料室」開設を機に整理し、調査短信という形で公開することにした。
2.セット回数乗車券の位置づけ
 旅客営業規則(例えば昭和57年5月20日現行版)では、回数乗車券の種類として普通回数乗車券(一般および特別車両)、均一回数乗車券、急行回数乗車券、自動車線特殊回数乗車券の4つを挙げている(旅規18)。このうち一般普通回数乗車券は鉄道区間(片道200km以内)の他、航路や自動車線内各駅相互間でも発売できるものであった(旅規39)。また、自動車線特殊回数乗車券はその名の通り自動車線を乗車する旅客に対し発売するもので(旅規42)、発売対象とする区間は地方自動車局部長が定めるとされていた(旅基66)。各券の様式は普通回数乗車券が第203条(常備式)および第204条(補充式)、自動車線特殊回数乗車券が第207条の3に定められていた。
 回数乗車券については概ね以上のような定めになっているが、セット回数乗車券という言葉は旅客営業規則中の種類、発売、様式いずれの項目にも見あたらない。表1に回数乗車券の例を示す。
表1 回数乗車券の比較

<81dpi>
No.1-1
一般普通回数乗車券
(鉄道線区間の例)

<81dpi>
No.1-2
セット回数乗車券
(S62.3 秋吉線車内)
 では、セット回数乗車券の発売根拠はどこにあるのか。国鉄の乗車券制度に多少関心のある方ならすぐに察しが付くと思うが、セット回数乗車券は自動車線特殊回数乗車券の変種として、各地方機関が通達で様式等を定め、発売しているのである。東北地方自動車部の場合、昭和53(1978)年12月20日の通達「東北自営第191号」で次のように定めている。
通達 東北自営第191号(要約)

自動車線特殊回数乗車券の一種として昭和53年12月27日から発売を試行する。

1.種別及び発売額
 セット回数乗車券<近距離用> 発売額1000円、 セット回数乗車券<中距離用> 発売額1000円

2.発売箇所
 東北地方自動車部管内の自動車営業所、駅及び簡易委託販売所

3.効力
(1)有効区間  東北地方自動車部管内線区に限る
(2)有効期間  特に定めない
(3)同時使用  制限しない

4.様式(別表)
 (様式指示図省略)
<近距離用> 表紙=淡黄緑色、裏表紙=無地、70円券=淡黄緑色、20円券=淡紫青色、10円券=淡赤色
<中距離用> 表紙=淡紫青色、裏表紙=無地、100円券=淡黄緑色、50円券=淡黄褐色、10円券=淡赤色

 この内容からセット回数乗車券が東北地方自動車部管内限定で設定されていることがわかる。発売が「試行」であるのは、地方が独自に前例のない券を設定することへの慎重さの表れであろうか。他の地区については通達を確認できなかったが、表紙の意匠などから判断して東北地方自動車部が全国で最初に設定したのではないかと推定している。他の地方自動車局(部)の発売開始時期と通達内容については今後の調査課題である。
3.セット回数乗車券の券片構成と様式
 セット回数乗車券は3または4種類の金額の券片を合計1100円または2200円となるよう組み合わせて綴じてあり、それぞれ1000円または2000円(11分の10の金額)で発売される。各地のセット回数乗車券の券片構成を表2に示す。
 1000円セットについては100円券×5枚、50円券×10枚、10円券×10枚という組合せが多く見られるが、東北地方自動車部の近距離用および中部・近畿両地方自動車局の1000円セットは他地区のものと異なる組合せであり、また3地区に見られる2000円セットについてはそれぞれ異なる組合せとなっている。同じ中部局管内でも美濃白鳥自動車営業所のものだけは最高金額が50円という少額券の組合せとなっていることから、営業所で独自の構成を指定できたということが推察される。
表2 セット回数乗車券の券片構成一覧
地区 発売額 10円 20円 30円 40円 50円 70円 80円 100円 200円 確認された発売箇所 (注1)
北海道 1000円 ×10       ×10     ×5   厚岸自営(S61)
東北 近距離用1000円 ×20 ×10       ×10       (自)遠野駅(S61)、浄法寺駅(S62)
  中距離用1000円 ×10       ×10     ×5   築館町駅(S60)
  遠距離用2000円 ×20       ×10     ×5 ×5 仙台自営(S61)
信越 1000円 ×10       ×10     ×5   長久保駅(S62)
関東 1000円 ×10       ×10     ×5   烏山自営(S61)
  2000円 ×25   ×15   ×10     ×10   江戸崎駅(S62)
中部 1000円 ×5   ×5 ×10       ×5   新居町自営(S61)他 (注2)
  1000円 ×15   ×10 ×10 ×5         美濃白鳥自営(S61)
近畿 1000円 ×10     ×5     ×10     本篠山駅(S62)
  2000円 ×10 ×5     ×10     ×15   水口自営(S60)
中国 1000円 ×10       ×10     ×5   大島自営(S60)、秋吉自営(S62)
四国 1000円 ×10       ×10     ×5   伊予大洲自営(S62)
九州 1000円 ×10       ×10     ×5   山鹿温泉駅(S62)他 (注3)
*各金額欄の背景色は当該券片の字模様の色を表す。
(注1)自営=自動車営業所
(注2)新居町自営(S61)、遠江二俣自営(S61)、近江今津自営(S61)、瀬戸自営岡崎支所(S61)
(注3)山鹿温泉駅(S62)、福丸駅、垂水中央駅、山川自営(S62)、都城自営
 各券片の字模様は北海道地方自動車部のセット(すべて淡黄褐色)を除き、金額ごとに変えられている。券片構成は地域ごとに異なるにもかかわらず、字模様の色の使い方は法則性があり、金額の高い券から順に、

淡黄緑色淡紫青色淡黄褐色淡赤色(10円券)

となっている。淡黄緑色は特別車両券のような上位のサービスに対する乗車券類に使用される色であり、一方、淡赤色は低額の近距離普通乗車券や割安な通学定期乗車券の字模様と同じである。つまり、国鉄内部で自然形成されていた色の格付けに則っているのである。セット回数券は複数券片の併用を前提にしていることから、このようにある法則で色分けすることにより、運転士が運賃箱に投入された券を容易に判別できるよう工夫したものと思われる。これは色を記号化した合理的な手法である。券片金額により字模様の色を使い分ける工夫は民営バスでも広く実施されている。
 回数券冊子全体の大きさは北海道のものを除き全国的にほぼ同じで、縦寸は99〜102mmの範囲、横寸は50mmである。北海道のセットは横寸は他地区と同じ50mmだが、縦は133mmと少し長くなっている。北海道を含めいずれも各頁に5枚の券が印刷され、綴じ代との境も含め5箇所に断線が入れられている。
 セット回数乗車券はいずれも表紙が付いているが、この意匠は東北だけが異なる。表紙の比較を表R3-3に示す。

表3 セット回数乗車券の表紙の比較

<81dpi>
No.3-1
北海道地方自動車部
(S61.12.26 厚岸線車内)

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No.3-2
東北地方自動車部
(S60.9.8 古川本線築館町)

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No.3-3
中部地方自動車局
(S61.3.29 安城線車内)
 表3の3点および表1のNo.1-2(中国地方自動車局)を比較していただければわかるように、東北のものだけが表紙記載事項全体(最上段の循環番号を除く)を波状の飾り線で囲んだ独特の意匠となっている。その他の地区は、ここに表示していない信越、関東、近畿、四国、九州各局(部)も含め全て同じである。ただし、近畿局のものは発行箇所表示がない。また、北海道のものは営業所名を表示せず、最下段に「国鉄バス乗務員発行」と表示している。関東局の車内用も「国鉄バス乗務員発行」である。
 ここで、もう一度さきほどの東北地方自動車部通達「東北自営第191号」(S53.12.20)を見ていただきたい。通達では表紙にも字模様が入ることになっており、<近距離用>は淡黄緑色、<中距離用>は淡紫青色と指定されている。ところが、他地区のセットはもちろん、No.3-2に示した東北の中距離用も表紙は無地である。いつから表紙が無地となったのかは明らかではないが、近距離用および中距離用の発売開始から約1年後の昭和54年12月1日に追加発売された遠距離用2000円セットは初めから無地の表紙となっている(東北自営第106号(S54.9.13))ので、これと同時期ではないかと推定される。
 表4に発売当初のものと推定される字模様入りの近距離用セット回数券表紙を示す。この券は民営化を5日後に控えた昭和62年3月27日に岩手県の二戸本線浄法寺駅で購入したものである。東北の近距離用は70円から90円の支払いを想定しているセットと考えられるが、70円券という半端な金額が軸になるため、その後の運賃値上げによって使い勝手が悪くなり、売れ残っていたものとみられる。
表4 字模様入りの表紙

<81dpi>
No.4-1
(S62.3.27 二戸本線浄法寺)
4.まとめ
 民営化直前の国鉄バスのセット回数乗車券について、発売根拠となる通達を紹介し、さらに各地のセットの券片構成及び表紙の意匠を比較した。東北地方自動車部以外の各自動車局(部)の発売開始通達は未調査であるので、今後可能な限り調査する予定である。
5.謝辞
 本報告で紹介したセット回数乗車券の収集に一部ご協力いただきましたT.I様(栃木県在住)に感謝します。

 
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